京都簡易裁判所 昭和32年(ハ)785号 判決 1958年11月07日
原告 明和商事有限会社
被告 日本電信電話公社
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、原告訴訟代理人は次のようにのべた。
一、請求の趣旨
被告は原告に対し、訴外山下純弘が原告に京都市中央電話局の電話加入権壬生局七二七三番の二分の一の共有持分を譲渡したことを承認せよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
二、請求の原因事実
(一) 原告は、昭和三一年四月二三日、訴外山下純弘に対し、同人の請求の趣旨記載の電話加入権の二分の一の共有持分を担保に、金二九、九五〇円を貸与したが、同人は、その弁済をしなかつたので、原告が右持分権を取得した。
(二) それにも拘らず、同人は、右共有持分について原告に名義書換のため協力をしないので、原告は同人を相手とつて、同年六月一九日、京都簡易裁判所に提訴し、昭和三二年一〇月三一日、同人は原告に対し、右電話加入権のうち二分の一の共有持分について原告への譲渡承認手続をせよ。という趣旨の原告勝訴の判決をうけ、同判決は、控訴棄却により確定した。
(三) そこで、原告は、被告に対し、右判決を添え、右電話加入権の二分の一の共有持分の譲渡承認手続をしたところ、被告は、承認を拒絶した。
(四) しかし、その拒絶には法律上の根拠がないから、原告は、被告に対し、その譲渡承認を求める。
三、被告の主張に対する答弁
被告の主張事実のうち、二、及び四のうち、その主張の日、滞納処分として差押されたことは認める。
第二、被告指定代理人らは次のようにのべた。
一、請求の趣旨に対する答弁
主文同旨の判決を求める。
二、請求の原因事実に対する答弁
(一) 原告主張の本訴請求の原因事実(一)は不知
(二) 同(二)(三)は認める。
三、被告の主張
別紙被告提出の答弁書中被告の主張の項のとおり。
理由
一、当事者間に争のない事実
(一) 京都中央電話局の電話加入権壬生局七二七三番は、昭和三〇年一一月二九日相続により訴外山下純弘、同清水久枝が承継したものとして、原告が、昭和三一年六月二八日相続人らに代位して承継の届出をしたが、代表者の指定届出がないため、被告が同年一二月二八日、右電話加入権の電話機設置場所に居住する右山下純弘を代表者に指定したこと。
(二) 原告は、右山下を相手どつて、同年六月一九日、京都簡易裁判所に提訴し、昭和三二年一〇月三一日、山下が、原告に、右電話加入権の二分の一の共有持分の譲渡承認手続をせよ。という趣旨の原告勝訴の判決があり、その判決は控訴棄却によつて確定したこと。
(三) 原告が被告に対し、右判決を添えて右共有持分の譲渡承認手続をしたところ、その承認を拒絶したこと。
二、当裁判所の判断
本件の争点は、要するに、電話加入権の共有が法律上認められるかどうかである。
(一) 電話加入権は、加入者が、日本電信電話公社(以下公社又は被告という)に対して、加入電話の設置とその設置された電話による公衆電気通信役務の提供を請求する権利であるから、(公衆電気通信法(以下法という)三一条三号参照)一種の債権であり、各電話加入権の内容は全く同一で、個性のない権利であるばかりか、特別の加入者にだけ専属させる必要のあるものでないから、譲渡性を認めて差支えなく、その譲渡について、民法の債権に関する規定に従うことが許されるなら、電話加入権の共有も勿論可能である。
(二) しかし、電話を含む電気通信事業は、公社が独占的に経営しているのであるから、公社が独立採算のもとに合理的、能率的に運営されることが要請される。(企業性)他方、同事業が我々の日常生活に占める役割からして、公社が提供する役務や、料金等の利用関係の大綱を法定し、多数の利用者又は第三者の利益を保護することが要請されるわけで、(公共性)このような要請のもとに制定された法の規定によつて、はじめて、電話加入権を含め電話に関する法律関係を規律することができるのであつて、従つて法は、民法の特別法であると解するのが相当である。
(三) ところで、法には、直接、電話加入権の共有を認めて、その法律関係を規整したり、或は反対に、これを禁止する規定をおいていない。
(四) しかし、法二七条は、「公社との間に、加入電話の設置を受け、これにより公衆電気通信役務の提供を受ける契約(以下「加入契約」という。)を締結することができる者は、一の加入電話につき一人に限る。」と規定して、一加入電話一加入者の原則をうたつている。同条は、旧電話規則(明治三九年逓信省令二五号)六条一項の規定を承継したものであつて、この規定がおかれている理由は、加入契約か、債権契約である限り、二人以上の者が公社と加入契約を締結することは民法上可能ではあるがこれを許すと、一の加入電話の設備を分割して各権利者の場所に設置することが技術上不可能であるから結局一人の権利者の場所に設置することになろうが各加入者の権利の行使、義務の履行については不可分債権債務の関係として処理しなければならず電話取扱局の手数が煩雑になること。及び、法二八条において、加入電話を他人に貸与することを制限しているのに、電話加入権の共有を認めると、形式的に共有することによつて実質的に自由に他人に貸与することができる結果をもたらすこと。がその主な理由である。もつとも、法二七条の規定は、加入契約を締結する場合の規定であつて、本件のような、法三九条一項の規定にもとずく、共同相続による電話加入権の持分の譲渡の場合には適用がないという反論はあり得ようが後者の場合には共有が認められるとすると、前者の規定を設けた趣旨が一貫しないことになる。
(五) 電話加入権の共有を必要とする法人格のない社団又は財団に対しては、法二八条二項によつて、加入者以外の者の使用を認めているが、この場合加入者は、団体の代表者一人であり形式上加入者個人の財産として取扱われ、代表者が交替するごとに譲渡の手続をとらなければならない不便はある。しかし加入者である代表者以外の者が電話機の設置をうけて利用できるのであるから、共有禁止によつて生ずる実際上の不都合はない。
(六) 更に電話加入権の共有を必要とする加入者について相続又は合併があつたとき、法二九条は、一項において、相続人又は合併後存続する法人若くは合併により設立された法人が、加入者の地位を承継することを認めている。今相続について論ずると、前掲旧電話規則六条一項の規定は、相続による承継の場合も加入者は一人に限つていたが、民法が改正されて、同法八九八条により原則的に相続財産の共有が認められたため、電話加入権についても、共同相続が可能な規定に修正することによつて、これと歩調を合せたもので、従つて、法三九条は、一加入電話一加入者の原則の唯一の例外規定という可く、この規定は、相続による承継の場合にのみ電話加入権の共有を認める趣旨であつて、一般の特定承継の場合にまで、共有を認めた趣旨でないことは、右の沿革からして明白である。そうして、このような相続による承継の場合にあつても、法三九条二項、三項において、承継者のうちからその代表者を選定して届出させ、届出がないときは公社がその指定をすることにして、可及的に、一加入電話一加入者の原則を貫き、公社は、代表者に対してだけ権利を有し義務を負うことにし、加入者の名義を、相続人全員に名義変更することを認めず、選定又は指定前に共同相続人の一人に公社が債権を行使し債務を履行した場合及び、選定又は指定後の代表者に公社が債権を行使し債務を履行した場合は、いずれも、各相続人間の求償問題として処理する建前にしている。このようにして、代表者を選定又は指定することによつて、公社は、業務の運行に支障がないし、このことは、遺産分割により共同相続人の一人に電話加入権を帰属させる妨げにもならない。
(七) このように観察してくると、法は明文の規定をおいていないが、相続の場合をのぞき電話加入権の共有を認めず、一加入電話一加入者の原則を貫こうとしていることが窮知できるのであり、同原則は、電話という設備を同一規格により、同一料金によつて、大量的機械的に処理することが、もつとも近代社会において、その機能を果しうることにかんがみ、根本的なもので、この原則に対する例外は、法の規定している相続の場合以外は、認めない趣旨であると解するのが相当である。
(八) そうすると、本件においても、被告は、右と同一の見解の下に、原告えの共有持分の譲渡承認を拒絶したものであつて、まことに相当であり、原告こそ、法律上何等の根拠がないのに右譲渡承認を被告に請求したことになる。
三、結論
以上の次第であるから、そのほかの判断をするまでもなく、原告の本訴請求は失当であり棄却を免れない。そこで民事訴訟法八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 古崎慶長)
被告の主張
一、電話加入権は、加入者が加入契約にもとづいて加入電話により公衆電気通信役務の提供を受ける権利をいい、これが役務の転付を請求する権利とみる限り一種の債権ということができるが、この権利の内容、権利の譲渡等に関しては、まず公衆電気通信法(昭二八、法九七号)が適用され、この範囲においては民法の規定の適用は排除されるのである。
二、同法二七条によれば、被告との間に加入電話の設置を受けこれにより公衆電気通信役務の提供を受ける契約を締結できる者は、一の加入電話につき一人に限ると規定され、数人による電話加入権の取得も許さず、たゞ例外として、電話加入者について相続のあつたときに限り数人による加入者の地位の承継を認めるにすぎない(法二九条二項)。この場合にあつても被告に対する関係では、そのうち一名を代表者として加入者を代表させるものとしているのである(同条二項、五項)。
三、本件電話加入権は、昭和三〇年一一月二九日相続により訴外山下純弘、同清水久枝が承継したものとして、原告が昭和三一年六月二八日相続人に代位して承継の届出を行つたものであるが、法二九条二項による代表者の指定届出がなされないため、同条二項により、被告が昭和三一年一二月二八日当該電話加入権の電話機設置場所に居住する訴外山下純弘を代表者に指定したのである。
四、このように相続により数人が電話加入権を承継した場合に代表者の指定、届出を必要とする理由は、電話加入権が不可分な権利であり、一の加入電話について加入権者も一人に限るとの原則から相続により数人の承継人があつて、その内部関係でそれぞれ相続分を有することがあつても、被告に対する関係では一人の代表者が承継による加入者を代表して、電気通信役務の請求をなすべきものとし、電話加入権の譲渡にあつても右代表者において一箇の加入電話の電話加入権を他の承継人をも代表して譲渡すべきものであつて(したがつて相続による承継人全員の同意を必要とする)、持分権の譲渡というごときは、法二七条の趣旨から許されるものでない。
五、よつて、仮に原告が、訴外山下純弘、同清水久枝両名を加入権者とする電話加入権について、訴外山下純弘の持分について譲渡を受けたものとしても、同訴外人は本件電話加入権者の代表者として一の電話加入権について管理権を有しても独立して持分の譲渡をなし得ないのであるから、被告はこれに応じて該持分についてのみの譲渡の承諾をなし得ない。従てこれが譲渡の承諾を求める趣旨において名義書換を求める原告の請求は失当として棄却されるべきである。
六、仮に、被告の右見解が理由のないものであつても、本件電話加入権に関して、訴外山下純弘の持分に対して昭和三二年一二月二三日中京区役所から地方税の滞納処分として差押を受け被告は第三債務者として名義の書換を禁止されているのであるから、これが名義の書換を求める原告の請求に応ずることはできない。よつて、この点からも原告の請求は失当として棄却されるべきものと考える。